息子と2人で初めてヒッチハイクをしました

社会人になった息子と10年ぶりに山登りに行きました。山といっても標高1200mほどで家から往復歩くこともできます。一人でも毎年登っているのですが、今回は息子と二人で夜景と日の出の写真を撮るためにカメラも持って行きました。体力温存もあって登山口まではバスで行き20時頃から登り始めました。
山頂までの途中で夜景を撮ったりご来光目的の登山者と雑談したりして2時頃に山頂につきました。仮眠してご来光の写真も撮れました。帰路は新しく整備されたコースで下ることにしました。普段とは反対側に下りバスで帰る予定でした。バスの時刻表も確認してかなり余裕を持っていたのですが、階段の下りが長くて膝を痛めた方と出会いました。その方の荷物を持ってくだりました。その方は乗車予定のバス停から1kmほどの所でしたので家まで付き添いました。山岳地帯なのでバス停でなくても乗車できるはずですが予定時間を30分過ぎてもバスが来ません。諦めて家まで歩くつもりで2kmほど歩いたのですが、大型トラックがやってきたので諦め半分で手を挙げてみました。自宅近くの道路を走るということがわかり気持よく載せてもらいました。息子も初めてのヒッチハイクで思い出の登山になりました。

息子と2人で初めてヒッチハイクをしました

止まらない焦燥感と後ろ向きを有し、キッチンに立つ単身旦那

俺は狂ったダンシングフラワーのように挙動被疑になりながら紙袋の基本を弄り鍵を見つけ出して誘い出し、専ら鍵穴へと差し込み回して室内へ入ると、入口先に今朝旦那宛に届いていた封筒が置いてあった。
しかしながら今日、そのきっかけ要素の旦那がこういう座敷にいない。
ということは、反対だったか……。否、おそらく遅まき心配になって俺を探してくれているに溝ない。
それともまた例の「孤立イメージ」とやらに全体をあちこち操作された結果、持ちこたえきれなくなってスプリントしたか。
ありとあらゆる想念が心中でスパイラルを巻いて意思が休まる様子がなかった。
なんにせよ、飯台の上にあるあの最初枚のペーパーに全ての答えが生じる。
俺はわざとそれにまぶたを触れないように一歩ずつゆっくりと席の皆さんへとにじり寄って行く。
意思を紛らわすために自らのスマホで旦那の携帯に繋ごうとしたが何より出ない。
余計意思を紛らわすために俺はキッチンにのぼり冷蔵庫の基本と顔合わせしながら有り合わせのマテリアルで年越しそばを作って見る。
のち、ラジオを聞きながら新聞紙を読み、旦那の帰りを待つ。
人前復職をこなすまでは俺が旦那を養って行く。当面の間は辛抱強い心構えが必要なのかもしれない。
だから今はこうして目の前の答申からまぶたを背けつつ、旦那の口から直結果が話しられるのを待つのが最優先です。
それは分かっているものの、尚も俺は飯台に置かれた本当が気になる。
それが人間の本能的な心的というアイテムだった。

止まらない焦燥感と後ろ向きを有し、キッチンに立つ単身旦那